想像上の路地に遠足のしおりが落ちてる

 となりの部屋に住んでいる21才のへぼが大学を留年した。

「酒屋のあんこちゃん、同い年なのに店の手伝いしててえらいと思う」 

    窓の外を眺めるへぼは、たぶん学校をやめることを考えている。

 酒屋のとなりのフジナミ青果に、さいきん男の売り子がやってきた。そいつのせいで、まっ昼間からおばさま方の黄色い声がうるさい。

 そろそろ買い出しにいこうか、と誘うと、へぼはあからさまに面倒臭そうな顔をした。いるかもしれないよ、猫。そう言ってやると、少しだけ表情が晴れた。

 へぼがあくびをする。へぼは猫が好き。わたしはアレルギーだ。

 商店街のあいだの細い路地は、いつも雨上がりみたいに地面が湿っている。塗装の剥げた消火器の下に、誰かが猫缶を置いていき、またべつの誰かが片付けていく。実際に猫を見かけたことはない。へぼは「絶対いるよ」と言って曲げない。だからわたしたちは商店街にいくときに必ず路地を通ることにしている。
 ラジカセから、町おこしのために地元の高校生が作った音楽が流れ出した。来週の土曜日、祭りがあるらしい。

「あれ見ろよ、酔っ払いみたい」

 電線にひっかかった風船を指さして、へぼはのんきに笑ってる。