船に乗る
シーズンの終わった海水浴場には、のほほんと丸い時間が流れる。
「みんな海に飽きちゃったのよ」
桂は、ひとけのない浜辺を自分の庭を歩くような足取りでどんどん進んでゆく。O脚の足は浅く弧を描いて砂を踏んだ。足跡にサンダルをはめて歩いてみたら、桂がいやに小股なのがわかった。
わたしたちは海に沿って素直に浜をわたり、掘建小屋でかき氷を食べた。
「甘くて美味しいでしょう」
ふたり並んでスプーンを口に運んでいると、かき氷屋の女の人が窓からほほえんだ。 小屋の横にある長椅子は四本とも足が細く、座ると真ん中がわずかに沈む。へんな音がしたらすぐに立ち上がろうと思っていたけれど、そんな音はしなかった。桂も気にしていないから、私も腰をおろしたままにした。
「氷も甘い気がしない?」
初対面の女の人と話すのは気が引けて、桂に話しかけてしまう。自分の子どもっぽさに気づいてはずかしい。
「そうなのよ。よくわかったわね」
女の人はわたしの言葉をひろって、少しだけ嬉しそうにした。そしてそのまま小屋の中へもどっていった。
桂は彼女がいなくなったのを見届けてから、「あの人、しゃべるのね」と声をひそめた。
氷にかかったみつは透明で、なんの露なのか見当もつかない。舌にのった瞬間、水分と溶け合って口の中のどこかに消えてしまう。
海の上に赤と白のうきが同じ数だけ浮いている。ここから見える海は、わたしの口のなか何個ぶんの大きさなのだろう。
桂が氷をスプーンに乗せて、満足そうに笑う。本人はいやがるだろうが、わたしは彼女の八重歯が好きだ。
おちょぼ口の先がぞおっと開く。つららをさかさまにしたような、崩れそうな氷の山。先っぽから桂の口の中へ消えていった。
桂とわたしは船を待っている。世界を旅してこの窪みを通りかかる人がいれば、浜辺から手を振るのが仕事だ。